2012年6月27日水曜日

「放課」とは?



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山田みずほ22:13 (編集) - Mobile - 一般公開

こんばんは☆

今日も学校とレッスン行ってきましたぁ♪

昨日はいっぱい課題をやったのに今日提出の課題を忘れていたコトに朝気付いて放課に頑張りました笑っ

http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/ntok0071/list/CK2008102802100007.html
なごや特走隊】
授業の合間「放課」なぜ? 名古屋人の勤勉さチラリ 2006年5月1日

「名古屋では授業と授業の間の休み時間を放課と言います。大阪や東京から転入した子はこの意味がわからなくて…。放課は名古屋だけでしょうか。調べて下さい」

 こんな依頼が2通寄せられた。名古屋で生まれ、小学2年で三重県に引っ越した記者が久々に聞いた「放課」。三重(北勢)では放課とは誰も言わなかった。依頼した南区の主婦寺沢恵子さん(42)に話を聞いた。

 「高校時代、テレビでたのきんトリオの『ただいま放課後』って番組があったんですけど『放課の後は授業でしょ。何それ?』と思ったんです。最近、名古屋出身の作家清水義範さんの『わが子に教える作文教室』(講談社)という本に『名古屋では休み時間を放課という』ってあって、やっぱりと思ったんです」

 なるほど、調査の価値ありだ。

 日本国語大辞典(小学館)を開くと、放課は「その日の所定の時間の課業が終わること」とある。放課後と同じ意味だ。ちなみに放課後をみると「学校などで、その日の所定の授業が終わったあと」とある。用例には夏目漱石の「吾輩は猫である」の一節で「10分の休暇、若(も)しくは放課後に至って」とある。つまり明治時代、放課後はあっても、10分の休暇は放課と言わないのだ。

 市教委はどんな見解?

日課時間表に書かれている「放課」=市内の中学校で

http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/ntok0071/list/images/PK2008102802100143_size0.jpg

 「放課はこの地域特有の言葉で慣例的に使ってます。学校の文書や時間割表には載っとるけど市教委が校長会などで出す文書には使わない」と名古屋生まれの50代男性指導主事。起源となると「ちょっとわからんねえ」。

 県内の主な自治体に電話するとすべて「放課=休み時間」だ。ただ県教委も「一般的には休み時間で、放課は文書では使いません」。

 全国ではどうか。文部科学省は「そもそも授業と授業の間を指す言葉は決めていません。呼び方も全国的に調査したこともない」とつれない。県をまたいだ静岡県湖西市、岐阜県多治見市、三重県桑名市は「放課?休み時間は休み時間でしょ」。岐阜市で一部「放課」を使うとの声があったが…。

 文献を探すため、昭和区の鶴舞中央図書館に行く。女性司書(29)から示されたのが、またもや清水義範さんの「やっとかめ!大名古屋語辞典」(学研)。そこに「放課とは、授業と授業の間の10分ほどの休み時間を指すものだと思って何の疑問も持たなかった(中略)全国的には、学校の授業がすべて終わった後のことを放課というらしい」との解説だ。

 清水さんに当たると「通学班を意味する分団について名古屋語と書いたら、九州から『うちでも言う』と声があった。放課については、今のところそういう声はないよ」。

 うーん。念押しに東京都立川市の国立国語研究所に尋ねると「調べたことはないが前所長で天白区在住の甲斐睦朗さん(67)が詳しい」と紹介された。愛知教育大に長く務めた経験もあり、この問題については適任だ。連絡を取ると、「他府県ではあまり聞きません。地域における言語習慣の問題で、使う人がいる以上おかしいとは言えませんよね」と教えてくれた。「放課=休み時間」はどうも愛知県だけらしい。

 デスクに報告すると「なぜ、この地方で放課と言うようになったか。突き止めろ」と一言。鶴舞中央図書館に訪れ再度女性司書を悩ませていると、ベテラン男性司書が「愛知県教育史を見てみい」とアドバイス。第3巻の338ページに手がかりがあった。

 「各授業時限の間に、明治7(1874)年の教則では5分、9年の教則では10分の『体操』時間をおくこととしたが、15年の教則ではこれを『放課』の時間とした」との記述。これこそ「放課=休み時間」だ。光が差した。

 県教育史を編さんした東郷町の県総合教育センターへ。研究指導主事の坪内隆行さんに聞くと「県教育史では江戸時代の資料で『放課』は確認できないが、明治以降に初めて登場したのは同6(1873)年3月に公布された愛知県義校規則です」。

 義校とは明治初期の民間の初等学校のことで小学校の前身。規則には「毎日午前十時ヨリ同十一時マテ午後十二時ヨリ同一時迄ノ両度ヲ放課トス」(原文)とあった。同教育史の編さんに携わった愛知学院大の篠田弘教授(69)も「これが、おそらく『放課』の起源でしょう」

 最後に残った疑問は一つ。なぜ「放課=休み時間」になったかだ。

 篠田教授が道を示してくれた。「放課は『課業から放たれる』という言葉です。つまり、課業に主体を置いています。一方、休み時間は休むことに主体が置かれた言葉です。授業と授業の間に対する主体の置き方の違いとも言えますね」

 なるほど。「放課」というと、休んでいても常に頭の中には「課業=仕事」の2文字。名古屋の「放課」は、学ぶことや働くことに主眼を置く、まじめな名古屋人のプライドが反映された言葉と考えられそうだ。

 (社会部・広瀬和実)





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